62歳~63歳 1961年(昭和36年)生まれ
ここでは1961年の流行や出来事を表示しています。
出来事
ソ連が人類初の有人宇宙飛行に成功「地球は青かった」
東ドイツがベルリンの壁設置
大鵬・柏戸が横綱同時昇進
流行語
「お呼びでない?お呼びでない?こりゃまた失礼いたしました。」
おもちゃ
プラレール
映像作品
シャボン玉ホリデー(TVバラエティ)
「シャボン玉ホリデー」は、1961年6月4日から1972年10月1日、および1976年10月9日から1977年3月26日まで日本テレビで放送されていた音楽バラエティ番組である。
既に人気絶頂であったザ・ピーナッツを中心にした番組としてスタートしたため、「ピーナッツ・ホリデー」というタイトルにする予定だったが、番組スポンサーが「牛乳石鹸」だったため「シャボン玉ホリデー」となったもの。同年8月、クレージーキャッツの「スーダラ節」という大変奇妙で愉快な曲の大ヒットによって、シャボン玉の人気もうなぎ昇りになった。第1期の主な出演者は以下の通りである。その他にも、多くのスターがゲスト出演した。
ザ・ピーナッツ、ハナ肇とクレージーキャッツ、白木秀雄、なべおさみ、松崎真、小島正雄、前田武彦、小松政夫、青島幸男、伊東ゆかり、中尾ミエ、園まり、布施明、玉川良一、藤村有弘、ダークダックス、スリーファンキーズ、ジャニーズ、ザ・タイガース、ジャッキー吉川とブルーコメッツ、井上順。
画像は「クレイジーキャッツ、植木等のDVD、8巻セット」のページにアクセスできます。
ズバリ当てましょう(TVバラエティ)
ナショナルが提供する視聴者参加番組で、テーマに沿って登場したものの値段をノーヒントを当てるクイズである。
景品の「ズバリ賞」は100万円相当のナショナルの電化製品一式だった。正解でなくても、内輪で一番近い値段に設定した解答者には問題となった品物がプレゼントされた。景品が当時の平均生活水準からすると高額な商品だったため、出場希望者が殺到した。
TV 放送 フジテレビ系列
放送期間 昭和36年8月5日~昭和47年2月12日(1961年~1972年)※全550回 第一期 司会:泉大助
放送時間 土曜日/21:00~21:30
放送期間 昭和50年10月4日~昭和57年3月27日(1975年~1982年)※全315回 第二期 司会: 鈴木ヒロミツ
放送時間 土曜日/19:00~19:30
ヒット曲
上を向いて歩こう/坂本九
日本のポップス史上、歴史に残る名曲「上を向いて歩こう(英題:スキヤキ、SUKIYAKI)」が生まれたのは1961年、昭和36年のことだった。作詞は永六輔、作曲は中村八大、歌は坂本九であるが、ビルボード誌の1963年6月15日付において、日本出身者として唯一となる「Hot100週間」1位を獲得した。同誌の1963年度年間ランキングでは第10位にランクインを伝えた。坂本九は「上を向いて歩こう」の他、「見上げてごらん夜の星を」、「明日があるさ」等数多くのヒット曲を出し、全世界におけるレコードの売上は1500万枚以上に達した。映画や舞台の俳優、テレビ番組の司会など多岐に渡り活動していた。1985年8月、日本航空123便墜落事故に巻き込まれ43歳で死去した。
画像は「上を向いて歩こう/坂本九[CD]」のページにアクセスできます。
銀座の恋の物語/石原裕次郎、牧村旬子
スーダラ節/ハナ肇とクレイジーキャッツ
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